桂信子 句集「草色」

桂信子集―草色 (俳句の現在) 桂信子集―草色 (俳句の現在)
桂 信子

三一書房
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 以前、古紙を回収場所へ持って行った時に「拾って」きた、角川書店の『昭和文学全集 第41巻 昭和短歌、昭和俳句集』をパラパラと見ていた時、桂信子の以下の句が心に留まった。

窓の雪女体にて湯をあふれしむ

ゆるやかに着てひとと逢ふ蛍の夜

 桂信子は1914年(大正3年)大阪に生まれ、12004年(平成16年)兵庫にて没。
 この句集『草色』(そうしょく)は、1990年、三一書房から、『俳句の現在』シリーズのうちの第4巻として発行された。冒頭に新しい俳句をおき、さかのぼって第1句集『月光抄』から第7句集『草樹』までの句より自選されている。計259句。
 定価(1860円)で買うには少し高い気がするが、新書くらいの大きさで、クロス装の素敵な本だ。もう少し多くの句が収録されていたらと惜しまれる。ただ、アマゾンの中古ではかなり安くなっているので手に入れやすい(そもそも新品はない)。

 収録されている句は少ないが、その分粒が揃っていると思う。なかでもとくに私が理解できて、いいなと思った句を抜き出すと…。

閂をかけて見送る虫の闇

寒鮒の一夜の生に水にごる

道ばたに死が来て乾く兜虫

山越える山のかたちの夏帽子

雨傘を横に払うて親鸞忌

 もっとたくさんあるが、句集は簡単に手に入るのでこの辺でやめておく。現代俳句協会のホームページにある「現代俳句データベース」でたくさんの作品を見ることもできる。

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アントニオ・タブッキ「供述によるとペレイラは…」

供述によるとペレイラは… (白水Uブックス―海外小説の誘惑) 供述によるとペレイラは… (白水Uブックス―海外小説の誘惑)
アントニオ タブッキ,Antonio Tabucchi,須賀 敦子

白水社
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 1938年、スペインのフランコ政権がヒトラーと手を結んでいたころ、ポルトガル、リスボンでも国粋主義が台頭し、国家警察が暗躍していた。
 リスボンで発行されている夕刊紙『リシュボア』の、土曜日の文芸面を一人で担当する主人公ペレイラは肥満体で、心臓病と高血圧をわずらい、医者からは余命があまりないと言われている中年の男。数年前に、子供に恵まれないままに妻を肺病で亡くしてからは、毎日ありし日の妻の写真に話しかけながら、過去に生きている。
 新聞記事も検閲なしでは発行できない情勢のなか、反体制活動家であるが少し頼りなげな若者に出会うことで、ペレイラのこころが少しずつ動き出す。

 訳者須賀敦子によるあとがきが的確なので、そのまま引用させていただきます。
「人間にとって生きるとはどういうことなのか、そして死とは、人間を他の人間に結ぶ連帯とはどういうことかといった本質的な問題を、社会における市民の(国民として、ではないことを強調したい)政治責任にからめて書いた作品だ」
「ペレイラという、<ごくふつう>で、いたってたよりない人間の物語を、ふだん私たちが<政治>ということばから受ける印象とはうらはらに、あまりにも日常に近いところで、誠実に、自然で、暖かい論理に沿って、語り進める作者の腕まえが冴えている」
「私たちひとりひとりのなかに眠っているペレイラが、ページを操るたびに、困りはてたようにぶつぶつとつぶやくのが聞こえるような気がする」

 話は変わるが、2012年1月13日、ミャンマーでは、全ての政治犯が釈放された。自由と平和への道のりが、本当に始まったのだと信じたい。
 日本では大阪市長の橋下氏が、(府ではすでに成立している)君が代起立条例案を2月市議会に提案しようとしている。起立くらいしてもいいと思うが、強制されたくはない。強制すべきではないと思う。所詮歌ではないか。歌いたくない歌もある。

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ブライアン・グリーン「隠れていた宇宙」

隠れていた宇宙 (上) 隠れていた宇宙 (上)
ブライアン・グリーン,竹内 薫,大田 直子

早川書房
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隠れていた宇宙 (下) 隠れていた宇宙 (下)
ブライアン・グリーン,竹内 薫,大田 直子

早川書房
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 現代科学では、様々なアプローチ(相対論的物理学、量子物理学、宇宙物理学、超統一物理学、計算物理学)から様々な多宇宙(並行宇宙)の可能性が現われてくる。九つの多宇宙を紹介し、結びつけ、その現実性を検証する。

 数学が大の苦手だった私にとって、この本を理解するのはとても難しい。分かった気になったのは一つ目のパッチワークキルト多宇宙くらいだ。下巻のホログラフィック多宇宙になると、ほぼ理解不可能である。ほぼ理解不可能ではあるが、理解できる部分だけでも興奮できた。物理学や数学に抵抗がなければ、もっと楽しめたと思う。

 かなり遠い将来まで検証が不可能だと予想される多宇宙は、現在は数式の上の存在でしかない。もしこういう本(数式でしか表現されていないことを、言葉で無理やり説明しようとする本)がなければ、多くの人は最先端の宇宙論を垣間見ることさえできないだろう。しかし少なくともこれを読めば、学者が真面目に考えた末に多宇宙の可能性がでてきたということは分かる。途中の理屈は分からなくても、多宇宙というロマンは共有することができるのだ。

 「宇宙の果てには何があるのか」「宇宙の外側には何があるのか」といった子供の頃に感じていた大きな疑問を、私はいつの間にか等閑にし、もちろんそれでも不自由なく生きてきた。しかし今でも夜空を見上げれば、すぐそこには理解しがたい宇宙が広がっている。生きている間にその謎が解ける日が来るとは思えないが、この本を読み、深遠な宇宙の「本当の姿」を想像して楽しませもらった。

 数ヶ月前に読んだ下の本で、無限についての予備知識を持っていたことが少し役に立った。『ニュートン』は志のある、良い専門誌だと思う。

ゼロと無限の科学 (ニュートンムック) ゼロと無限の科学 (ニュートンムック)


ニュートンプレス
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カレン・キングズベリー「赤い手袋の奇跡 ~ギデオンの贈りもの~」

赤い手袋の奇跡 ギデオンの贈りもの (赤い手袋の奇跡シリーズ) (THE RED GLOVES SERIES) 赤い手袋の奇跡 ギデオンの贈りもの (赤い手袋の奇跡シリーズ) (THE RED GLOVES SERIES)
カレン・キングズベリー,小沢 瑞穂

集英社
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 私がこの本と出合ったのは、年末の病院、小児科の待合室だった。子供に妻が授乳室で授乳している間、本棚の絵本のあいだにこの本があった。暇つぶしで読み出したのだが、50ページまで読んで涙を抑えることが難しくなり、読むのをやめて、その夜アマゾンに注文した。

 この本のいいところは、登場人物の置かれた境遇がとても現実的な困難であることだ。お金がなくて子供に骨髄移植をうけさせることができない親。寒空の下、ただ死ぬのを待つだけの無気力に襲われているホームレスなど、現代のリアルな困難が描かれる。

 ギデオンという白血病の少女がホームレスの中年男性と出会う、「ベタ」なストーリーだと言えなくもない。そうであるとしても、奇跡とは何か、奇跡とは起きるものなのか、起こすものなのか、あるいはすでに起きているものなのか、考えさせられる。

 単純な心で読むべき美しい物語。

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渡部良三「歌集 小さな抵抗 ~殺戮を拒んだ日本兵~」

歌集 小さな抵抗――殺戮を拒んだ日本兵 (岩波現代文庫) 歌集 小さな抵抗――殺戮を拒んだ日本兵 (岩波現代文庫)
渡部 良三

岩波書店
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 作者は無教会キリスト者。中央大学経済学部3年生の時(1944年)に学徒出陣し、配属された中国河北省東巍家橋鎮(とうぎかきょうちん)の駐屯部隊で、杭に縛った捕虜を刺突する「訓練」が行われた時、信仰上の理由から拒み、上官らから激烈なリンチを受けた。
 その時の連作短歌が冒頭にあり、続いて女スパイへの拷問、戦友脱走、無差別掃討作戦の作品が続く。本の後半では、召集から終戦、復員までの体験が時間軸に沿って置かれている。
 巻末には、青山学院大学で行われた講演会の一部が収録され、戦場で日本兵が行った行為が語られる。
「村という邑(むら)、町という街を一軒残らず焼き払う「儘滅作戦」の三昼夜、又戦闘終了後の掃討では老若男女を問わぬ皆殺しを認(み)ることとなった。命乞いがあろうと、抗日を叫ぼうと、眉間に銃弾を撃ち込む皆殺しである。略奪強姦は、兵隊同士が互いに見張りをし、獣欲を果たせば撃ち殺し、隠れていた老人が火達磨(ひだるま)になって逃げ出してくれば、さんざめきの中に銃を撃つ。先祖伝来の家を目の前で焼かれ、一族の眼間(まなかい)で娘や妹が強姦されてあげくの果てには銃殺される、誰が忘れ得よう。一族かたみに語りつぎ、孫子(まごこ)の代迄忘れることは無いだろう。」(p245-246)

 また、作者と同じ無教会キリスト者の父は信仰(反戦)の故に逮捕され、残された一族は近郷の町村民から凄まじい差別をうけ、村八分となった。(p203より)

 もし戦場の初年兵で、捕虜虐殺を命じられたのが私だったらどうするだろうか。あるいは、残された女ばかりの家族が差別を受けると分かっていながら、逮捕を覚悟して反戦活動をすることができるだろうか。考えさせられた。

 捕虜虐殺を拒み、慰安婦の列に並ばず、戦場では敵から銃弾をそらして敵を殺すまいとし、戦地の子供たちに薬を与えたりした作者だが、それでも戦場での行動に自責の念を感じている。
「捕虜虐殺の際、自らは神の御導きにより虐殺を拒みえたが、ただそれだけの事で、汝殺す勿れのみ教えを上官にも戦友兵士にも一言も説かなかったばかりか、女密偵の拷問、焼土作戦後の掃討行動における略奪強姦老幼を問わぬ殺人を目にし乍ら、口を緘(と)じ制止さえしなかった。出征に当って父が諭してくれた「行動のない信仰思想良心は先細りだぞ」を踏まなかったのです。」(p249)

 中国人に酷いことをした日本兵、作者にリンチをした日本兵、作者の家族をいじめた日本人…、そうした人びとが生きている間は、彼らを責める声を上げにくい。例えば自分の祖父に向かって「人殺し」とはとても言えないだろう。
 しかしすでに世代が変わり始めている。戦争を直接また間接的に知る人は減り、歴史の教科書でしか戦争を知りえない世代が増えていく。まさに今、私達の子供達へ「加害の歴史」を伝えることができるか、問われているのではないだろうか。

 捕虜虐殺およびリンチのときの歌

言うもならぬ現実(うつつ)ぞいまし演習に新平(へい)十人は一人を刺して

祈れども踏むべき道は唯ひとつ殺さぬことと心決めたり

すべもなきわれの弱さよ主(しゅ)の教え並(な)みいる戦友(とも)に説かずたちいつ 

血を吐くも呑むもならざり殴られて口に溜(たま)るを耐えて直立不動

かほどまで激しき痛みを知らざりき巻ゲートルに打たれつづけて

 激しい歌が並ぶ中、私が最も心を打たれたのは、出征時の母との別れに際しての歌だった。

声細め生命いたわれと言う母の瞳に雲も雪も映れり

 歌人吉野秀雄は、短歌の存在理由は「いきなり読む者の胸の奥底を貫徹するひびき」「端的な迫力」にあると著書『短歌とは何か』で述べているが、まさにそういう短歌がここにある。マイナーではあっても、読み継がれる歌集であってほしい。

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北海道新聞社「四季のトラピスト」

四季のトラピスト 四季のトラピスト
道新=,北海道新聞=

北海道新聞社
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 函館から西へ20数キロのところにある「灯台の聖母トラピスト大修道院」の一年を、写真と文章で追う。北海道新聞の夕刊に、1997年2月から1年にわたって連載されたものに加筆し、未収録写真を多数収めたもの。
 新聞連載だけあり、文章がわかりやすいし、修道士個人の、修道院に入った動機などが多く取材されていて興味深い。
 この本には、修道士たちの真剣に祈る姿があり、働く姿がある。その生活全てがお金のためではなく、信仰のためになされているということが、潔い。私は雑多なもの、無用なものに囲まれた生活から抜け出せないが、修道院のような場所が存在していることで安心するのだろうか、見ているだけで癒される。この本を見、読んでいると、私も毎日の生活をもっと丁寧にすごしたい、と思えてくる。(修道士にとってではなく)社会にとっての観想修道院が存在していることの意味、意義を考えさせられた。
 もちろん、私がいくら修道院にあこがれても妻子ある身なので修道院には入れない。宿泊体験ができるというので、いつかは体験してみたいと思った。

 どうでもいいことかもしれないが、本の題名に「修道院」という単語が入っていた方が良いと思う。トラピストという単語を知らない人には、この題は分かりにくい。

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フランク・マコート「アンジェラの灰」

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フランク マコート,Frank McCourt,土屋 政雄

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 1930年生まれの著者の、子供時代から19歳で渡米するまでを描いた自伝的小説である。舞台はアイルランド南西部のリムリックという中都市。どこまでが事実かは分からないが、訳者あとがきで、登場人物がその後どうなったかに触れられているので、基本的には事実なのだろう。著者が日本人なら「私小説」というカテゴリーに入るのではないか。1996年発表、日本では1998年初版。

 アル中で、職についてもすぐクビになってしまい、さらには失業手当も飲んでしまう父。そのため極貧生活を強いられているマコート一家。
 その場しのぎで楽天的だが、場合によっては極端に悲観的になる少年特有のナイーブな視点から、日常生活の悲喜劇が新鮮に描き出される。
 カトリックにどっぷりとつかった価値観から生じる罪の意識、地獄への恐怖と、告解すれば罪は赦されるという安心感がアンビバレントな感情を育み、真面目であると同時に罪深い人びとが面白く、共感を覚えた。
 「告解」が生活の一部になっている文化がどういうものか、生の声に触れることができる。

 冗談のようにひどい、どん底の生活を懸命に生きる主人公を応援せずにはおれなかった。ひどいことばかりの生活の中に時折輝く善意がまぶしく、長い小説(568ページ)だが飽きずに笑い、そして感動した。
 また、アイルランドとイギリス、カトリックとプロテスタントの対立など、考えさせられることも多かった。

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マイクル・フリン「異星人の郷」

異星人の郷 上 (創元SF文庫) 異星人の郷 上 (創元SF文庫)
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異星人の郷 下 (創元SF文庫) 異星人の郷 下 (創元SF文庫)
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 現代のフィラデルフィアで、理論物理学者のシャロンと統計歴史学者のトムが同棲している。シャロンは数学を武器に宇宙の本当の姿を追い求め、トムはドイツにあったアイフェルハイムという村が、中世に放棄されて以降だれも住んでいない理由を探求していた。この二人の別々の研究が偶然重なり合い、中世アイフェルハイムで何が起こったのかを知ることになる。
 「何が起こったのか」を描く、本の大部分を占める中世編の主人公は、パリ大学でジャン・ビュリダンに学んだ、科学者としての冷静さを持つ中年の神父、聖カタリナ教会主任司祭ディートリヒ。彼は、地球に難破した巨大なバッタのような何者か(異星人)を初めて森の中で見たとき、驚きと恐怖に混乱しながらも、傷ついて死にそうなそれに条件洗礼を施す。
「ディートリヒは立ち上がり、服についた土を払いながら、これは神を冒涜する行為だったのだろうかと考えた。このような生き物を天国に導いてもいいのだろうか?いいはずだ。魂があるのなら。(上巻p116)」
 人類より遥かに優れた科学技術を持ちながらも、動物的本能に強く縛られている異星人が、神父との交流によって少しずつ変わっていく。

 領主マンフレートとの緊張を孕んだ友情や、一癖ある領民たち、フランシスコ会スピリトゥアル派の「熱い」信仰を持つ修道士ヨアヒムの存在、ペスト渦など、中世ヨーロッパがしっかりと、活き活きと描かれている。特に下巻は、SFであることを忘れ、異星人が異星人であることすらあまり意識せず、中世の人間ドラマを見ているようだった。
 この小説の原型は、現代パートのみの中篇だったとのこと。現代パートのみでも謎解きSFとして抜群に面白いが、中世パートを大幅に加えたことで重厚な読み応えある作品になった。
 上巻の表紙イラストも素晴らしい。

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マイク・レズニック「キリンヤガ」

キリンヤガ (ハヤカワ文庫SF) キリンヤガ (ハヤカワ文庫SF)
マイク レズニック,Mike Resnick,内田 昌之

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 2123年、ケニアの滅びゆくキクユ族の伝統文化を守るために小惑星が与えられ、キリンヤガと名づけられた。その惑星上ではアフリカの気候風土が再現され、地球から移住したキクユ族のユートピアとして、昔ながらの伝統的な暮らしを守っていくことになっていた。
 その伝統的生活に、外からも内からも起こってくる「進歩」の圧力に対して、何とか昔のままの暮らしを守ろうとする、キリンヤガの精神的支柱である祈祷師コリバの苦悩が描かれる。
 コリバは、キクユ族のみが創造主ンガイに選ばれた民であるとし、ヨーロッパ文明の「全て」を否定する。キクユ族に伝わる伝統に従い、逆児で生まれた赤子は呪われているとして自ら殺してしまうほどの狂信的原理主義者だ。
 読みながら、そういうコリバに強い反感を覚えつつも、全面的に否定できない自分を感じた。コリバが正しいかもしれないという思いを断ち切れない。
 合理的な科学を制御すべき人間は、常に合理的に行動するわけではない。福島の原発事故で私たちはそれを十分に知った。心配しつつもお金のために安全だと信じこんで日本中に原発を建て、処理方法のない放射性廃棄物を今も作り続けている。 
 コリバの道を行けば、原発は作られないだろう…が、病気のときには注射ではなく祈祷してくれるだけだ…。
 私たちは科学をどこまで生活に受け入れるべきなのか、アーミッシュのように、どこかで科学文明とは一線を引くべきではないだろうか、などということを考えたりもする。しかしおそらく人類にはそんなこと(欲望の制御)は無理で、これからもとことんまで便利さや安楽さを追求し、医療による長寿を目指し、動物としておかしな地点まで進むのではないだろうか。そして最後に大半の人類が滅ぶのではないかと思う。それはそれで仕方がないような気もしないではない。それが人類の定め(本能)ならば。

 読んでいる自分の心情が、親コリバと反コリバを行ったり来たりしていた。読む人の年齢や性別、人種によっても、共感できる部分とそうでない部分が変わってくると思う。著者が書くとおり「両義的」な作品であり、読む人に生き方を考えさせる、名作である。

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星野道夫「ノーザンライツ」

ノーザンライツ (新潮文庫) ノーザンライツ (新潮文庫)
星野 道夫

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 「SINRA」に1995年1月号から1996年9月号まで連載したもので、未完である。本の初版は1997年7月。

 第二次世界大戦の頃、飛行機に魅せられたジニー・ウッドとシリア・ハンターという二人の女性飛行士がいた。戦後二人はボロボロの飛行機で憧れの地アラスカに飛び立つ。
 その二人を中心として、彼女達のように外からアラスカへ移り住む人々や、否応なく襲ってくる近代化の波に翻弄されるインディアンやエスキモーなど、様々な人生を切り取ってみせる。
 星野道夫が急逝したため最後の章は、著者が80歳近いジニーとシリアと共に川下りの旅を始めたところで終ってしまったが、その続きをシリアが書いていて暖かい。

 星野は、エスキモーやインディアンの生活が近代化していくことを一概に否定はしないし、昔の暮らしの方が良かったとも正しかったとも言わない。

p205―――
一人の人間の一生が、まっすぐなレールの上をゴールを目指して走るものではないように、人間という種の旅もまた、さまざまな嵐に出会い、風向きを見ながら、手さぐりで進む、ゴールの見えない航海のようなものではないだろうか。
―――――

 ただ、圧倒的な自然が地上に残っているということの大切さを、静かに語りかけてくる。

p221―――
が、私たちが日々かかわる身近な自然の大切さとともに、なかなか見ることの出来ない、きっと一生行くことができない遠い自然の大切さを思うのだ。そこにまだ残っているということで心を豊かにさせる、私たちの想像力と関係がある意識の中の内なる自然である。
―――――

 空間的に、また時間的にも遠くを見つめる星野のまなざしに教わることは多い。

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