日記(小沢氏のこと)
青字は引用です。
我家のテレビは映らないので、朝日新聞からの情報だが、
民主党の小沢氏が先月、「キリスト教もイスラム教も非常に排他的だ。その点、仏教は非常に心の広い度量の大きい宗教、哲学だ」と言ったとのこと。
さらに昨日(7日)キリスト教の関係者(カトリック、プロテスタント双方)と会談した後の記者会見でも、同様の見解を述べた。
長いが、その、朝日新聞による要旨を全て引用する(09年12月8日朝日新聞)。
「西洋文明というのは背景にキリスト教の哲学があり、東洋には文明の背景に仏教の哲学がある。そういうことを申し上げたかった。私どもは、人間の営みは大自然の中の一つであるというとらえ方をしております。けれども欧米の人たちの考え方は、万物の霊長たる人間が最高位にあって、自然も含めて人間のためにあるという発想。そこの違いがある。」
これはあくまでも朝日新聞による“要旨”であり、元の発言との相違は分からないが、書きます。
この発言は「西洋文明」「東洋文明」「文明の背景」「キリスト教(仏教)の哲学」「私ども」「欧米の人たち」という、漠然とした単語ばかりで、内容が不明瞭だと思う。
「西洋文明」とは何か?例えばどこの国のどんな文明のことなのか?地図に線が引けるような概念なのか?逆に、キリスト教徒がある割合以上に存在する国を西洋と呼ぶのか?西洋文明に南米は入るのか?フィリピンは東洋なのか?
「文明の背景」とは、奥の深そうな言葉だ。「キリスト教の哲学」も複雑な内容がありそう。「私ども」って、誰のことか?そこに僕は入っているのか?。「欧米」か…。
小沢氏が言っていることは漠然としすぎている。漠然としすぎて根拠の示しようがない。
勝手に推察するが、いつかどこかで読んだ考えがそのまま頭に残っていて、いつのまにか自分の考えになっているのではないだろうか?だから問題視されても同じことを繰り返し述べるしかない。深く考えずに発言したと思われたくないので、簡単には引き下がれないのだろう。
僕は、仏教徒にもキリスト教徒にもイスラム教徒にも、度量の広い人もいるし狭い人もいると思う。寛容な人も排他的な人もいる。それは、当たり前のことではなかろうか。
小沢氏のように大雑把に決め付けてしまっては、対立を煽るだけだ。
重要な役職にある政治家が、宗教的偏見を持っていることがとても悲しい。
そして、日本のキリスト教徒の人口が、政治家に無視されるほど少ないことが少し寂しい…。
今日の日本テレビ「ZERO」の番組欄に、「犬や猫の殺処分ゼロを目指せ」とある。
上の小沢氏の発言には、「私どもは、人間の営みは大自然の中の一つであるというとらえ方をしております。けれども欧米の人たちの考え方は、万物の霊長たる人間が最高位にあって、自然も含めて人間のためにあるという発想。」とある。
揚足を取るようだが、殺処分は明らかに“人間様”の仕業だろう。殺処分はやめるべきだ。
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