ロバート・N・ペック「続・豚の死なない日」を原書で読んでみた

A Part of the Sky Book A Part of the Sky

著者:Robert Newton Peck
販売元:Random House Books for Young Readers
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実は
「続・豚の死なない日」を読んだ影響が今でも尾を引いています。
この本が元々青少年向きに書かれた本であると知り、
それならきっと英語もそんなに難しくはないだろう、と思って、
原書を読んでみることにしました。

しかし、正直に言うと、かなり難しかったです。
なにしろ英語の本を読むのは初めてだったので、苦労しました。
日本語版を読んだすぐ後であるにも関わらず、です。
片っ端から辞書を引き、どうしても分らない文章は、
結局日本語版を参照しました…。
特に、文学的文章、気の利いた表現が手ごわかったです。
かなり疲れましたが、それでも、
ゆっくりこの本の世界に浸れることは幸せでした。

勢い余って、
今は、写真がたくさん入ったシェーカーの本を見ています。
これは平易な英語で、大体読めます。僕でも。
とはいえ、やはり時間がかかるので、
ほとんど毎日それを読むことに時間を割いています。
でも、それが幸せですbook

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デフォー「ロビンソン・クルーソー」

今日はこの本を紹介します。
青字は引用です。

ロビンソン・クルーソー〈上〉 (岩波文庫) Book ロビンソン・クルーソー〈上〉 (岩波文庫)

著者:デフォー
販売元:岩波書店
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ロビンソン・クルーソー (集英社文庫) Book ロビンソン・クルーソー (集英社文庫)

著者:ダニエル デフォー
販売元:集英社
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なお、僕は旺文社文庫(古本)で読みました。

有名ですが一応内容を紹介します。

イギリスの中流階級に生まれた主人公が、
父親や周囲の反対を押し切って船乗りとなったが遭難し、
孤島で28年生き延び、イギリスに帰ります。

確かに孤島でのサバイバルも描かれていますが、
それよりも、主人公による自分観察、
心の動きの描写が多かったです。
その中には、日々の生活についてのことと共に、
自分の宗教、キリスト教について、神についての考えが
大きな割合を占めています。
島に流れ着いた後、
主人公が初めて本気で聖書を読み、回心していく、
その様子がこの本の主題の一つです。

解説に、
貨幣とか物の価値、また輸入輸出の問題は当時の人々の間にしきりに論じられていたことで、そういうトピックが想像物語である『ロビンソン・クルーソー』の中にいろいろな形で持ちこまれ、孤島における孤独な生活の中において新しい角度から見られるのである(P411)」
とある通り、
絶海の孤島で、何に価値があるのか、というのも、興味深いテーマでした。

全体に対する感想としては、
忘れられていく古典、という気がしました。

現代の日本人と比べると、
クルーソーは十分自然児で、
銃を扱えるし、
穀物を育てることも出来るし、
山羊を家畜として飼う方法も、さばく方法も知っている。
僕たちはクルーソーに自分を重ね合わせることが出来ない。

また、キリスト教的神に対して反感のある人は、
読み進めることが出来ないと思います。

さらに、時代的制約とも言える、
人種差別、性差別的な文章もかなりあります。

故に、「ロビンソン・クルーソー」は、
“読まれない古典”になっていっているような気がしました。

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ティム・ゲナール「3歳で、ぼくは路上に捨てられた」

今日はこの本を紹介します。
青字は引用です。

3歳で、ぼくは路上に捨てられた Book 3歳で、ぼくは路上に捨てられた

著者:ティム・ゲナール
販売元:ソフトバンククリエイティブ
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一つのジャンルと言ってもいい、
“不幸から立ち直った半生の自伝”です。
元不良、元ヤンキー、元落第生、元ヤクザ、元ヤクザの妻、等々
いろいろありますよね。
そういう本にはあまり興味をそそられないのですが、
この本は、古本屋で妻が偶然見つけたので、読んでみました。
このジャンルで大切(?)なことは、
前半の不幸部分が、どれだけ不幸か、
どれだけとんでもない人生だったか、
ということでしょう。
それが絶望的であればあるほど、
後の立ち直りが鮮やかに見えます。
そういう意味では、この本はかなり鮮やかです。
帯からそのまま引用します。
母親の手によって電柱に縛り付けられ捨てられた3歳。
 父親に殴られ全身骨折。意識を失った5歳の誕生日。
 障害を負ったまま2年半の闘病生活を終えた7歳。
 病院に閉じこめられ、つらい思い出と闘った8歳。
 引き取られた家でも虐待され2度目の自殺を図った9歳。

帯はここまでですが、まだまだ不幸は終わりません。
少年院での教官による暴力とか、
少年院から脱走してホームレスになった12歳の時、
60歳の男に強姦されたり…。
そして、著者ティム・ゲナールは、
犯罪を犯す側、暴力を振るう側になっていきます。

かなりマッチョで喧嘩っ早い彼を、
その外見にとらわれず受け入れる人々に感動しました。
彼に最初にキリスト教を伝えた青年、ジャン=マリー。
彼をそのまま受け入れた、
(ジャン・ヴァニエとともに「ラルシュ(箱舟)」を創設した)
トマ・フィリップ神父。
彼の誕生日に、二日かけてタイプした5行の手紙をプレゼントした、
重度の障害を持つ少年フレデリック。
そして、彼に愛を告白した、
上流階級のお嬢さん」マルティーヌ(現妻)。
その他たくさんの人びとに、彼は何度も癒されます。

226ページの、
自分が誰かから無償の愛を受けたことに気づいたとき、人は絶望から解き放たれる。
という一文に、
この本が要約されていると思います。

「無償の愛」と言うのは簡単ですが、
実際に行なうのはおそろしく難しいことだと思います。
でも、
それを実行している人たちが実際にいるということが、
とても嬉しく、希望をもらいました。

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ロバート・N・ペック「続・豚の死なない日」は素晴らしい!

家の周りの田に水が入れられ、
蛙の声が日に日に大きくなっています。

今日はこの本を紹介します。
正編の内容に触れます。
続編の内容にも少し触れます。
青字は引用です。

続・豚の死なない日 (白水Uブックス―海外小説の誘惑) Book 続・豚の死なない日 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

著者:ロバート・ニュートン・ペック
販売元:白水社
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正編は、
父が亡くなり、
13歳の主人公ペックと、母、伯母の3人が
借金のある農場に残されたところで
話が終わりました。

この続編は、
一家を支えるべく、
学校も休んで農場の仕事をする
少年ペックが描かれます。
そこに襲いかかる、
旱魃による凶作、そして世界恐慌。

旱魃による凶作で
ペックの一家と周辺の農家は疲弊していきます。
ある日、ペック家の3人は、
カラカラに乾いてしまったトウモロコシのために、水を汲みます。
バケツ一杯の水で一本のトウモロコシの芽にたっぷり(p92)」と。
何度も何度も、日が暮れるまで、
誰も音を上げることなく、
丘の下の小川から、
バケツの水を運び上げる3人…。

伯母さんは
くたびれた縫いぐるみの人形のようにぐったり(p96)」して、
お母さんは
くすんで、灰のようになって(p99)」しまうほど働いたその夜、
ペックは
生まれてから今まで今日ほど神様に感謝したことはなかった(p95)」と思う。
母と伯母が寝た後、
ひとりで夕食の皿を洗うペック。
美しく、力強いシーンでした。

この小説は、正編、続編共に、
ものごとがどうしようもならなくなった時、
人生を自分でコントロールできなくなった時、
そんな時にも感謝することができる人びとを
描いていると思います。

そして、
厳しさ、寂しさと同じくらい、
ユーモアに溢れた、
素晴らしい本でした(特に続編)。
原文は知りませんが、
日本語訳の文章は簡潔で味わい深く、
心地よかったです。

主人公がシェーカー教徒というのも、
絶妙だったと思います。
以前、題名は忘れたのですが、
シェーカーの思想、
そこから生まれる家具や家、
生き方についての本を読んだことがあったので、
なおさら興味深かったです。

これを出版し続けている白水社にも感謝します。
古本で買ってごめんなさい。
Amazon.co.jpは便利ですね…。

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本田哲郎「釜ヶ崎と福音」

今日はこの本を紹介します。
青字は引用です。

釜ケ崎と福音―神は貧しく小さくされた者と共に Book 釜ケ崎と福音―神は貧しく小さくされた者と共に

著者:本田 哲郎
販売元:岩波書店
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著者は大阪の釜ヶ崎で、
ホームレスの仕事と生活を「制度として獲得」するための活動をしています。
フランシスコ会日本管区の、元管区長であり、
新約聖書の翻訳も出版されています。

神は貧しく小さくされた者と共に(副題)」おられる、
ホームレスの労働者を通して神は働かれる、と著者は言う。
私たちが彼ら(ホームレスの人びと)を助けるのではなく、
彼らが、私たちを助けるのだと。
私たちがすべきことは、
貧しく小さくされた人びとを哀れむことではなく、
自分が彼らのように貧しくなることでもない。
彼らと連帯し、行政による施策を求めて実際に行動することこそが、
福音を広めることなのだ。
そのことを、聖書からも確認します。

実際に、行動に移すことの大切さを考えさせられました。
行動を起すことは、本当に難しい。
信仰とは、イエス・キリストが身をもって告げた福音に、信頼してあゆみを起すこと」であり、
やってみて、できたところまでが自分の信仰なのだと、イエスは示唆しているように思います。(p229)」
という結びの一文に、ドキッとしました。
著者は行動を求めます。
僕にとっては、それが新鮮でした。

ただし、違和感もありました。
著者が、自分は貧しく小さい側ではない、という立場から発言している点です。
わたしたちは、自分が貧しくも小さくもされてはいない者であることをわきまえ、(p177)」
貧しく小さくされている彼らと連帯して行動を(p177)」起せ、
とあるように、
読者は貧しくも小さくもない側の人間だ、という前提があります。
この本は、
自分は裕福であり、また、良いクリスチャンだ、
と思っている人向けに書かれた本だと思いました。
そういう意味では、僕向きではなかったです。

それでも、特に第Ⅲ部は、
実際に行動する時の心構えとして、
とてもためになると思います。

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ロバート・N・ペック「豚の死なない日」

今日はこの本を紹介します。
青字は引用です。

豚の死なない日 (白水Uブックス―海外小説の誘惑) Book 豚の死なない日 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

著者:ロバート・ニュートン・ペック,金原 瑞人,Robert Newton Peck
販売元:白水社
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アメリカ、ヴァーモント州、
シェーカー教徒の家庭に生まれた、
少年の成長を描いています。

少年の父の職業は、豚を殺し、捌くことです。
懸命に働く「寡黙で穏やか」な父。
少年は、シェーカー教の厳しさに戸惑い、
貧しさに反感を抱きつつも、
父に憧れ、成長していきます。


質実の民(p139)」シェーカー教徒である彼らは、
『フリル』を、つまり、なくてもすむもの(p28)」を持たない。
一方で、
やらなければならないこと(p159)」は、断固としてやる。
それがどんなに残酷に見えようとも…。

やらなければならないことはできず、
『フリル』が逆に主役になっているような生活を、
反省させられました。


ちなみにシェーカー教とは、あとがきによれば、
クエーカー教徒だったマザー・アン・リーによって開かれたキリスト教の一派。
「手は仕事に、心は神に」という言葉に象徴されるように、労働でもって神に仕えることを最高の喜びとした(p173)」とあります。

短い本ですが(171ページ)、強烈な印象でした。
続編も、ぜひ読みたいと思います。

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ブライアン・グリーン「宇宙を織りなすもの - 時間と空間の正体」

お久しぶりです。
今日はこの本を紹介します。


宇宙を織りなすもの――時間と空間の正体 上 Book 宇宙を織りなすもの――時間と空間の正体 上

著者:ブライアン・グリーン
販売元:草思社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 

宇宙を織りなすもの――時間と空間の正体 下 Book 宇宙を織りなすもの――時間と空間の正体 下

著者:ブライアン・グリーン
販売元:草思社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

物理学者・超ひも理論の研究者である著者による、
空間と時間についての考察です。
空間、時間とは何か、という問題はすなわち、
宇宙が本当はどんな姿をしているのか、
宇宙はどんな風に始まったのか、という問題になります。
その問題を、
相対性理論や量子力学、そしてひも理論を通して追求していくと、
不思議な、驚きに満ちた時空の姿が現れてきます。
僕たちが今、普通に感じている、この空間、時間を拡大していくと、
“普通じゃない何か”が見えてくることを、この本は教えてくれます。

この本には数式は出てきませんが、
かなり難しかったです。
夢に、「斥力」とか「ヒッグス粒子」がでてきて、
理解できずにうなされました…。
難しいのに、面白かった、不思議な本です。
全てを理解することは出来ないとしても、
数学のできない僕のような人間が、
最先端の物理学を垣間見ることができる、
それだけでも、読む価値はあったと思います。

内容をまとめる自信がないので、
詳しくは本を読んでください…。
草思社を応援するためにも、
“買って”読んでください。
上下巻で約800ページ…少し長めですが…。

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日記(受精卵移植ミスによる中絶の件)

先日、
誤って別人の受精卵が移植さたため、人工妊娠中絶した、
というニュース
がありました。

当事者の方々には
深い苦しみや葛藤があることと思います。
この件について、
当事者ではない僕が書くことは、
適切ではないかもしれません。
一方、生命倫理の問題は、
広く議論されるべきことだと思うので、
書くことにしました。


僕はこのニュースを聞いて、背筋が寒くなりました。
テレビで知ったのですが、驚きで体が止まった。

中絶の是非はともかく、
体外受精そのものに、僕は反対です。
人類以前、地球上の全ての生物は自然選択を経て、生まれてきた。
小賢しい人類だけが、生命誕生をコントロールしようとしている。
体外受精に限らず、人工授精には反対です。

ただ、
体外授精には反対ですが、
それによってできた受精卵は、
命として扱われなければならない、と思う。
体外授精による受精卵に、
当事者(医者、患者)は責任を持つべきです。
他人の受精卵だったからと言って、
中絶することが許されるのだろうか?
仮に、受精卵が本人のものだった場合、
それに遺伝子的な異常が見つかったら、
同じように中絶が許されるのだろうか?
中絶の可否の線はどこに引かれるのでしょうか?
体外授精卵には人間が責任を持つべきであり、
責任を持てずに中絶する=殺すのなら、
体外受精、人工授精をするべきではない、と思います。

確かに、
望んでも子供ができないことは、とても辛いです。
例えば、
「お子さんはいるの?」
「子供はまだ?」
「子供は作らないの?」
「若いうちに子供を産んだほうが良いよ」
「子供がいない人には、親の愛は絶対に分からない」
こういう言葉に、胸が苦しくなります。
年賀状は、友達ではなく、その子供の写真ばかり。
金は払ってやるから不妊治療を受けろ、という親。
妊婦であふれている産科の待合室。
産科医の冷たい言葉。
痛く、辛い治療。
テレビや広告で見る親子の写真全てに、
子供がいない自分を否定されているような気になる。
被害妄想を経て、
次に自己嫌悪になります。

不妊に悩む僕達に必要なのは、
人工授精の技術ではなく、
子供がいてもいなくても、
一人の人間として認められる社会だと思います。
不妊に限らず、
独身でも、
また、身体障害、知的障害を持つ人でも、
異なる人種、出身地、職業、宗教でも、
すべての違いを含めて、
すべてが人間なんだという、
おおらかな社会であって欲しい、と思います。

よく、
「健康ならば男の子でも女の子でもどっちでもいい」
という言葉を耳にします。
しかし、健康でなくても、
人間であることに変わりはないし、
生きてることにも変わりはない。
そこにある命を、
あたりまえに受け入れることができるようになりたい、と思います。

今回の件では、
多くの方々が傷つき、苦悩されていると思います。
こういうことが二度と起こらないように、
この件が礎となることを願います。
また、隠さずに公表した医師に敬意を表したいと思います。

そして、
中絶された受精卵が、イエスに抱かれていますように。







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日記(ドンマイ!中川前財務相)

先日の中川氏の“もうろう記者会見”についてです。

彼に同情します。
ああいう感じって、心当たりがあります。
朦朧としてても、仕事をしなくてはならない、
という辛さ、記憶にあります。
朦朧としすぎて、
やめようとか、誰かに代わってもらうとか、
そういうことすら思いつけなくなります。
配達の仕事をしていた時、
代わりがおらず、
高熱のまま配達に行ったことを思い出しました。

中川氏のもうろう会見が、仮に酒のせいだとしても、
責める気にはなれません。
事務職として働いていた会社にも、
愛すべき酔っ払いはいました。
仕事が出来て面倒見もいい先輩社員が、
たまに真っ赤な顔して二日酔いで出社してきましたが、
特に嫌だとは思いませんでした。
僕自身も、二日酔いで出社したことがあります。
それにしても、
本人が体調不良のせいだと言ってるんだから、
まずは体調を心配するのが筋だと思います。

G7がどれだけすごい会議なのか僕は知りませんが、
多分そんなにたいしたことはないんじゃないですか。
たったの七カ国でどれだけのことが決められるのか、疑問です。
以前からG7はあったのでしょうが、
今回の世界的不況は起きているのですから。
日本の財務相が、少々朦朧としてても、大勢に影響はないでしょう。

なぜあんなにバッシングされるのか、不思議です。
僕は、中川氏の政策とか思想は全く知りませんが、
少なくとも、あの会見で辞任するのは、
かわいそうだったと思います。

ドンマイ!中川さんgood

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ミッチ・アルボム「モリー先生との火曜日」を読みました

普及版 モリー先生との火曜日 Book 普及版 モリー先生との火曜日

著者:ミッチ・アルボム
販売元:NHK出版
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妻が押入れから引っ張り出して読んでいたのを、
僕も再読しました。
日本初版からすでに10年が経つんですね。
いまさらかもしれませんが、紹介します。
青字は引用です。

難病(筋萎縮性側索硬化症=ALS)にかかり、
死期が近いことを確信しているモリー先生。
大学時代、モリー先生(社会学)に指導を受け、
卒業後はスポーツジャーナリストとして
猛烈に働いてきた著者ミッチ・アルボム。
モリー先生がテレビに取り上げられたことで、
交流が再開し、火曜日ごとに話をした、
その話の内容をまとめたものです。

この本の面白いところは、
著者(当時37歳)自身の、
何かに追いたてられるかのような、
仕事漬の生活に対する内省が、
同時に語られていることだと思います。
学生の頃は
金持ちは悪者、ワイシャツにネクタイは囚人の服、自由のない人生はろくな人生じゃないと思っていた。さっとバイクにまたがって、顔に風を受け、パリの街やチベットの山の中をすっとばしたいと思っていた。何があったのか?(p38)」
かつては、絶対にかねのためには働くまいと心に誓ったこともある。それから、平和部隊に加わろうとか、美しい、霊感を沸きたたせるような場所に住もうとか。
にもかかわらず、デトロイトに住んでもう十年になる。仕事場も同じ、銀行も同じ、髪を切るのも同じ店。歳は三十七歳。大学時代よりはてきぱきと働けて、コンピューターやモデム、携帯電話から離れられなくなっている。金持ちのスポーツマンの記事を書く。 (略) 毎日毎日時間はふさがっている。しかし、その多くに満ち足りた気持ちはない。
(p39)」

モリー先生との再開を通して、
仕事漬の時代を終わらせ、
大切なものを再確認していく
著者の心が、さわやかでした。

機械につながれて生きることを選ばなかった
モリー先生の言葉は、本当に重い。
死を確信しているが故の、
かけがえのない、大切な瞬間。
それがそのまま、
今の自分にも流れている時間だということに
気づかされます。

でもたぶん、この感動も、
すぐに忘れてしまいます…。
再読だったのに新鮮だったから…。

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