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2008年12月

2008年にこのブログで紹介したものから、僕のおすすめです

2008年、正確にはブログを初めた07年12月以来、
紹介した本の中から、
おすすめの本をリストアップします。
ランキングではありません。
記事の新しい順です。


「どう読むか、聖書」青野太潮著
僕の信仰の中心が
「力は弱さにおいて完全になる(コリント人への第二の手紙12:9)」になり、
日々の生活で、イエスを感じることが多くなりました。

「アーミッシュの赦し」ドナルド B.クレイビル著
クリスチャンである僕には、
“赦す”という選択肢しかない。
クリスチャンになることはすなわち、
“赦す”生き方を選ぶことだと、教えられました。

「信仰が人を殺すとき」ジョン・クラカワー著
異言、預言、託宣等を盲信することの危険を考えさせられました。
クリスチャンにこそ、読んで欲しい本です。

「ブラザー・サン、シスター・ムーン」
アッシジの聖フランシスコの青春時代を描いた映画です。
何も持たないことの素晴らしさを教えてくれました。

「修道院-祈り・禁欲・労働の源流-」今野國雄著
この小さな本から、興味が広がりました。
アッシジの聖フランシスコ、テゼ共同体、修道院の建築や、ベネディクトの戒律など。

「テゼの源泉」ブラザー・ロジェ著
信仰が揺らいだ時に、
信じたいという気持ちがすでに信仰なのだという言葉に、
救われました。

「オウエンのために祈りを」ジョン・アーヴィング著
以前通っていた教会の“熱さ”に窒息しそうだった時、
力を抜いていいんだ、と気付かされました。
教会を移るきっかけとなった本です。

「キリスト者の自由」ルター著
キリスト者は自由である、その喜びに浸れます。



今、焦って聖書を読んでいます。
今年中に、一通り読めないかもしれないので…。

みなさんの2008年はどんな年でしたか?
良いお年をお迎えください。
主の平安をお祈りします。

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同志社大学は“放蕩息子の帰還”を望んでいない?

メリークリスマスxmas
今日のクリスマス聖餐式は仕事で行けませんでしたが、
昨日のイブ礼拝には参加できました。
予想以上にたくさんの人が来ていて、嬉しかったです。


話はいきなり変わりますが…
少し前、
同志社大学の女子学生が大麻所持で有罪判決となり、
退学処分となりました。

ずっとそのことが心に引っかかっているので、書きます。
つまり、退学処分は重すぎるのではないか、と思うのです。
もし僕が学生で、目の前に大麻があったとしたら、
好奇心から、きっと吸ってしまうと思う。

基督教主義を以て徳育の基本」(同志社大学設立の旨意
とする同志社大学だからこそ、
退学以外の選択がなかったのか、と思います。

同志社大学は、“迷える羊”をあきらめたのか?(ルカ15:1~)
同志社大学は“無くした銀貨”を探さないのか?(ルカ15:8~)
同志社大学は、“放蕩息子”を迎えたくないのだろうか?(ルカ15:11~)

イエスは、罪人を呼ぶために来たのではなかったか?(マタイ9:13)
イエスは、七の七十倍、許せと言われたのではないか?(マタイ18:22)

せめて、停学処分にし、
更正を期待するすべきだと思います。

偉そうに書いてしまいましたが、
もしかすると、
どうしても退学処分にせざるを得ない
深い事情があるのかもしれません。
何も知らずに書いていたらすみませんm(_ _)m

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ミスチル『GIFT』の“僕”を、イエスだと仮定して聴く

SUPERMARKET FANTASY [通常盤] Music SUPERMARKET FANTASY [通常盤]

アーティスト:Mr.Children
販売元:TOY'S FACTORY Inc.(VAP)
発売日:2008/12/10
Amazon.co.jpで詳細を確認する



ミスターチルドレンのニューアルバム『SUPERMARKET FANTASY』を買いました。

北京オリンピックのNHKテーマソングだった『GIFT』を、

勝手に、イエスの独白だと仮定して聴いています。

かなりこじつけですが、なかなかいいです。

青字は歌詞からの引用です。敬称略で失礼します。

また、ここに引用した歌詞が全てではありません。

 

 

まず、人間イエスを想像します。

若く、人生に悩んでいる、軟弱なイエスを、想像します。

人間として、これからどう生きていこうか悩んでいるイエス。

まさか自分が救世主、キリストだなどとは知らないイエス。

そして、

人生に悩みながらも、

自分の内にある愛に突き動かされているイエス。

自分の中にある、得体の知れない巨大な愛を、持て余しているイエス。

 


一番きれいな色ってなんだろう?

一番ひかってるものってなんだろう?

僕は探していた 最高のGIFTを

君が喜んだ姿をイメージしながら

 

『本当の自分』を見つけたいって言うけど

『生まれた意味』を知りたいって言うけど

僕の両手がそれを渡す時

ふと謎が解けるといいな 受け取ってくれるかな

 

そのギフトは、人生の謎が解けるかもしれないほど、素晴らしいものかもしれない。

それを僕たちに受け取って欲しい、とイエスは願っている。

 


「白か黒で答えろ」という

難題を突きつけられ

ぶち当たった壁の前で

僕らはまた迷っている

 

迷っているイエス。

僕たちと同じように、迷うイエス。

僕は確かに、「白か黒か」神に迫るような祈りが多いと思う。(←こじつけた解釈)

 


地平線の先に辿り着いても

新しい地平線が広がっているだけ

「もうやめにしようか?」自分の胸に聞くと

「まだ歩き続けたい」と返事が聞こえたよ

 

内なる光に導かれるイエス。

 


知らぬ間に増えていった荷物も

まだなんとか背負っていけるから

君の分まで持つよ だからそばにいてよ

それだけで心は軽くなる

 

荷を背負ってくれるイエス。

この部分を初めて聴いた時、驚きました。

まだなんとか背負っていけるから」ときたら、

「大丈夫だよ」とか「もう少し頑張ってみる」

と続きそうなものなのに、

さらに「君の分まで持つ」と続くとは。

 


果てしない旅路の果てに

『選ばれる者』とは誰?

たとえ僕じゃなくたって

それでもまた走っていく

 

イエスは、自分が救世主であることを知らない。

自分が復活することを知らない。

あるいは、“まだ”知らない。

しかし、彼にとってそれは関係ない。

自分を捨てる愛のみがある。

 


降り注ぐ日差しがあって

だからこそ日陰もあって

そのすべてが意味を持って

互いを讃えているのなら

もうどんな場所にいても

光を感じれるよ

 

イエスの信仰。

 


一番きれいな色ってなんだろう?

一番ひかってるものってなんだろう?

僕は抱きしめる 君がくれたGIFTを

いつまでも胸の奥で

ほら ひかってるんだよ

ひかり続けんだよ

 

この最後の“僕”は、イエスではなく、

ギフトを受け取った側の僕と読みます。

イエスに貰ったギフト、賜物が、

心の中で光っています。

 

以上、かなり自分勝手な解釈ですが、

勝手に解釈した挙句に、

この曲を聴きながら涙ぐんでたりします…。

 

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マックス・ルケード著「イエスのように」を読みました

本格的な冬になってきました。

寒いけど、嬉しいです。

 

今日はこの本を紹介します。

敬称略で失礼します。青字は引用です。

 

 

イエスのように Book イエスのように

著者:マックス ルケード
販売元:いのちのことば社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 

あなたの創造主は、あなたをキリストの姿に作り変えようとなさっている。神はあなたがイエスのようになることを望んでおられるのだ。これが神の願いであり、この本のテーマである。(P11)」

神は、ありのままのあなたを愛しておられるが、あなたをずっとそのままにしてはおかれない。神はあなたがイエスのようになってほしいと願っておられるのだ。(P18)」

 

イエスのようになるために、

イエスの心について考えてみよう、という本です。

 

ゆっくり味わって読むことをお勧めします。

 

時と場合によって、感じることは違うと思いますが、

僕の心に残ったのは、「第9章-心の温室」でした。

 

人は自分が種を蒔いたものを刈り入れ、植えつけたものを収穫するのだと、誰でも知っている。(P166)」

あなたの想いを種だと考えてみよう。ある想いは花になり、ある想いは雑草になる。希望の種を蒔けば、プラス思考の花が咲く。疑いの種を蒔けば、不安の実がなる。『人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります』(ガラテヤ人への手紙6章7節)(P167)」

ほかのことを管理するように、自分の想いについても気を配るべきではないだろうか。(P170)」

 

引用ばかりですいません…。

 

こういう信仰本は、

実際に読み、ゆっくり考えてこそ、

価値があると思います。

 

ただ、翻訳の日本語に少し違和感がありました。

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