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ミッチ・アルボム「モリー先生との火曜日」を読みました

普及版 モリー先生との火曜日 Book 普及版 モリー先生との火曜日

著者:ミッチ・アルボム
販売元:NHK出版
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妻が押入れから引っ張り出して読んでいたのを、
僕も再読しました。
日本初版からすでに10年が経つんですね。
いまさらかもしれませんが、紹介します。
青字は引用です。

難病(筋萎縮性側索硬化症=ALS)にかかり、
死期が近いことを確信しているモリー先生。
大学時代、モリー先生(社会学)に指導を受け、
卒業後はスポーツジャーナリストとして
猛烈に働いてきた著者ミッチ・アルボム。
モリー先生がテレビに取り上げられたことで、
交流が再開し、火曜日ごとに話をした、
その話の内容をまとめたものです。

この本の面白いところは、
著者(当時37歳)自身の、
何かに追いたてられるかのような、
仕事漬の生活に対する内省が、
同時に語られていることだと思います。
学生の頃は
金持ちは悪者、ワイシャツにネクタイは囚人の服、自由のない人生はろくな人生じゃないと思っていた。さっとバイクにまたがって、顔に風を受け、パリの街やチベットの山の中をすっとばしたいと思っていた。何があったのか?(p38)」
かつては、絶対にかねのためには働くまいと心に誓ったこともある。それから、平和部隊に加わろうとか、美しい、霊感を沸きたたせるような場所に住もうとか。
にもかかわらず、デトロイトに住んでもう十年になる。仕事場も同じ、銀行も同じ、髪を切るのも同じ店。歳は三十七歳。大学時代よりはてきぱきと働けて、コンピューターやモデム、携帯電話から離れられなくなっている。金持ちのスポーツマンの記事を書く。 (略) 毎日毎日時間はふさがっている。しかし、その多くに満ち足りた気持ちはない。
(p39)」

モリー先生との再開を通して、
仕事漬の時代を終わらせ、
大切なものを再確認していく
著者の心が、さわやかでした。

機械につながれて生きることを選ばなかった
モリー先生の言葉は、本当に重い。
死を確信しているが故の、
かけがえのない、大切な瞬間。
それがそのまま、
今の自分にも流れている時間だということに
気づかされます。

でもたぶん、この感動も、
すぐに忘れてしまいます…。
再読だったのに新鮮だったから…。

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コメント

忘れるということはもちろんありますが、二度目に読まれるまでに人生が一コマ進んだのではないでしょうか。
生意気言うようですが、著者ミッチ・アルボムの例は人生の一つの典型ではないでしょうか。反発→日常への埋没→再び反省、しかしその反省は以前とのどれとも違うといったような。
むしろ、人生を重ねれば理解できることが多くなるようで(それでもわからないことだらけではありますが、笑)加齢も悪くはありません。この本は知りませんでしたので近くの公共図書館で探してみます。ありがとうございました。

投稿: Mark W. Waterman | 2009年2月14日 (土) 23時59分

Watermanさん、コメントありがとうございます。
そうですね。おっしゃるとおりだと思います。
分からないことはもちろんたくさんありますが、
僕は、35歳くらいから、
色々なことを、より深く理解できるようになったような気がします。

投稿: fu-pe | 2009年2月15日 (日) 21時54分

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