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日記(受精卵移植ミスによる中絶の件)

先日、
誤って別人の受精卵が移植さたため、人工妊娠中絶した、
というニュース
がありました。

当事者の方々には
深い苦しみや葛藤があることと思います。
この件について、
当事者ではない僕が書くことは、
適切ではないかもしれません。
一方、生命倫理の問題は、
広く議論されるべきことだと思うので、
書くことにしました。


僕はこのニュースを聞いて、背筋が寒くなりました。
テレビで知ったのですが、驚きで体が止まった。

中絶の是非はともかく、
体外受精そのものに、僕は反対です。
人類以前、地球上の全ての生物は自然選択を経て、生まれてきた。
小賢しい人類だけが、生命誕生をコントロールしようとしている。
体外受精に限らず、人工授精には反対です。

ただ、
体外授精には反対ですが、
それによってできた受精卵は、
命として扱われなければならない、と思う。
体外授精による受精卵に、
当事者(医者、患者)は責任を持つべきです。
他人の受精卵だったからと言って、
中絶することが許されるのだろうか?
仮に、受精卵が本人のものだった場合、
それに遺伝子的な異常が見つかったら、
同じように中絶が許されるのだろうか?
中絶の可否の線はどこに引かれるのでしょうか?
体外授精卵には人間が責任を持つべきであり、
責任を持てずに中絶する=殺すのなら、
体外受精、人工授精をするべきではない、と思います。

確かに、
望んでも子供ができないことは、とても辛いです。
例えば、
「お子さんはいるの?」
「子供はまだ?」
「子供は作らないの?」
「若いうちに子供を産んだほうが良いよ」
「子供がいない人には、親の愛は絶対に分からない」
こういう言葉に、胸が苦しくなります。
年賀状は、友達ではなく、その子供の写真ばかり。
金は払ってやるから不妊治療を受けろ、という親。
妊婦であふれている産科の待合室。
産科医の冷たい言葉。
痛く、辛い治療。
テレビや広告で見る親子の写真全てに、
子供がいない自分を否定されているような気になる。
被害妄想を経て、
次に自己嫌悪になります。

不妊に悩む僕達に必要なのは、
人工授精の技術ではなく、
子供がいてもいなくても、
一人の人間として認められる社会だと思います。
不妊に限らず、
独身でも、
また、身体障害、知的障害を持つ人でも、
異なる人種、出身地、職業、宗教でも、
すべての違いを含めて、
すべてが人間なんだという、
おおらかな社会であって欲しい、と思います。

よく、
「健康ならば男の子でも女の子でもどっちでもいい」
という言葉を耳にします。
しかし、健康でなくても、
人間であることに変わりはないし、
生きてることにも変わりはない。
そこにある命を、
あたりまえに受け入れることができるようになりたい、と思います。

今回の件では、
多くの方々が傷つき、苦悩されていると思います。
こういうことが二度と起こらないように、
この件が礎となることを願います。
また、隠さずに公表した医師に敬意を表したいと思います。

そして、
中絶された受精卵が、イエスに抱かれていますように。







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