本田哲郎「釜ヶ崎と福音」
今日はこの本を紹介します。
青字は引用です。
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釜ケ崎と福音―神は貧しく小さくされた者と共に
著者:本田 哲郎 |
著者は大阪の釜ヶ崎で、
ホームレスの仕事と生活を「制度として獲得」するための活動をしています。
フランシスコ会日本管区の、元管区長であり、
新約聖書の翻訳も出版されています。
「神は貧しく小さくされた者と共に(副題)」おられる、
ホームレスの労働者を通して神は働かれる、と著者は言う。
私たちが彼ら(ホームレスの人びと)を助けるのではなく、
彼らが、私たちを助けるのだと。
私たちがすべきことは、
貧しく小さくされた人びとを哀れむことではなく、
自分が彼らのように貧しくなることでもない。
彼らと連帯し、行政による施策を求めて実際に行動することこそが、
福音を広めることなのだ。
そのことを、聖書からも確認します。
実際に、行動に移すことの大切さを考えさせられました。
行動を起すことは、本当に難しい。
「信仰とは、イエス・キリストが身をもって告げた福音に、信頼してあゆみを起すこと」であり、
「やってみて、できたところまでが自分の信仰なのだと、イエスは示唆しているように思います。(p229)」
という結びの一文に、ドキッとしました。
著者は行動を求めます。
僕にとっては、それが新鮮でした。
ただし、違和感もありました。
著者が、自分は貧しく小さい側ではない、という立場から発言している点です。
「わたしたちは、自分が貧しくも小さくもされてはいない者であることをわきまえ、(p177)」
「貧しく小さくされている彼らと連帯して行動を(p177)」起せ、
とあるように、
読者は貧しくも小さくもない側の人間だ、という前提があります。
この本は、
自分は裕福であり、また、良いクリスチャンだ、
と思っている人向けに書かれた本だと思いました。
そういう意味では、僕向きではなかったです。
それでも、特に第Ⅲ部は、
実際に行動する時の心構えとして、
とてもためになると思います。
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