小説(海外)

ジョーゼフ.F.ガーゾーン著「ヨシュア - 自由と開放をもたらすひと」

今日はこの本を紹介します。

ヨシュア―自由と解放をもたらすひと Book ヨシュア―自由と解放をもたらすひと

著者:ジョーゼフ・F. ガーゾーン
販売元:春秋社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

敬称略で失礼します。青字は引用です。

帯から、内容を引用します…。
米国の小さな町・オーバーンの外れに移り住んできた物静かで誠実な男、ヨシュア。その人柄で周囲の人々をたちまち魅了した彼は、一流の腕をもった大工でもあり、ユダヤ教教会のために彫ったモーゼ像で人々を感嘆させる。だが、宗派を問わぬ行動と、“人は真の意味で自由になるべきだ”という発言の影響力の大きさに各派の宗教指導者達が猜疑心を募らせて-

現代のアメリカにイエスがいたら、
こんな風に福音を説くだろう、というファンタジーです。
主人公ヨシュアは、キリスト教派の垣根を超え、
キリスト教とユダヤ教の垣根を超えて、
純粋に福音の喜びを説きます。

2000年前、ユダヤ教律法主義が行なっていた民への締め付けを、
現代では、ローマ・カトリックの制度が行なっており、
それに対しては痛烈に批判をします(ちなみに著者はカトリックの神父です)。

気になったことを箇条書きします。
・登場人物に深みがない。いい人はいい人、悪い人は悪い人。
 ヨシュアに反発する人は登場するが、
 無信仰な人、他宗教の人は登場しない(僕の記憶では)。
 登場人物はキリスト教徒かユダヤ教徒。
・教会内部の話がほとんど。教派の分裂、律法主義…。
 教会内部の人には興味深い内容だけど、
 外部の人にはどうでもいいことのような気がします。
 全米ベストセラーとあるけど、もしそれが本当なら、
 アメリカは今でもやはり、かなり宗教的な国だということなのでしょう。
・ヨシュアはカトリック教徒ではないのに、
 なぜヴァチカンでの「カトリック教会聖職者聴聞会」へ出頭を要請されるのか。
 もし僕がヴァチカンに目を付けられたら、
 やはり出頭要請が来るのだろうか?
 (…もしそうなら、それは確かに問題だ。)

ちなみに、表紙の絵は好きです。
主人公ヨシュアのイメージにとても合っていると思います。

特定の教派に属したクリスチャンである僕にとっては、
結構面白かったです。
ルターの「キリスト者の自由」を読んだ時のような、
開放感を感じました。

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ロバート・N・ペック「続・豚の死なない日」を原書で読んでみた

A Part of the Sky Book A Part of the Sky

著者:Robert Newton Peck
販売元:Random House Books for Young Readers
Amazon.co.jpで詳細を確認する

実は
「続・豚の死なない日」を読んだ影響が今でも尾を引いています。
この本が元々青少年向きに書かれた本であると知り、
それならきっと英語もそんなに難しくはないだろう、と思って、
原書を読んでみることにしました。

しかし、正直に言うと、かなり難しかったです。
なにしろ英語の本を読むのは初めてだったので、苦労しました。
日本語版を読んだすぐ後であるにも関わらず、です。
片っ端から辞書を引き、どうしても分らない文章は、
結局日本語版を参照しました…。
特に、文学的文章、気の利いた表現が手ごわかったです。
かなり疲れましたが、それでも、
ゆっくりこの本の世界に浸れることは幸せでした。

勢い余って、
今は、写真がたくさん入ったシェーカーの本を見ています。
これは平易な英語で、大体読めます。僕でも。
とはいえ、やはり時間がかかるので、
ほとんど毎日それを読むことに時間を割いています。
でも、それが幸せですbook

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デフォー「ロビンソン・クルーソー」

今日はこの本を紹介します。
青字は引用です。

ロビンソン・クルーソー〈上〉 (岩波文庫) Book ロビンソン・クルーソー〈上〉 (岩波文庫)

著者:デフォー
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


ロビンソン・クルーソー (集英社文庫) Book ロビンソン・クルーソー (集英社文庫)

著者:ダニエル デフォー
販売元:集英社
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なお、僕は旺文社文庫(古本)で読みました。

有名ですが一応内容を紹介します。

イギリスの中流階級に生まれた主人公が、
父親や周囲の反対を押し切って船乗りとなったが遭難し、
孤島で28年生き延び、イギリスに帰ります。

確かに孤島でのサバイバルも描かれていますが、
それよりも、主人公による自分観察、
心の動きの描写が多かったです。
その中には、日々の生活についてのことと共に、
自分の宗教、キリスト教について、神についての考えが
大きな割合を占めています。
島に流れ着いた後、
主人公が初めて本気で聖書を読み、回心していく、
その様子がこの本の主題の一つです。

解説に、
貨幣とか物の価値、また輸入輸出の問題は当時の人々の間にしきりに論じられていたことで、そういうトピックが想像物語である『ロビンソン・クルーソー』の中にいろいろな形で持ちこまれ、孤島における孤独な生活の中において新しい角度から見られるのである(P411)」
とある通り、
絶海の孤島で、何に価値があるのか、というのも、興味深いテーマでした。

全体に対する感想としては、
忘れられていく古典、という気がしました。

現代の日本人と比べると、
クルーソーは十分自然児で、
銃を扱えるし、
穀物を育てることも出来るし、
山羊を家畜として飼う方法も、さばく方法も知っている。
僕たちはクルーソーに自分を重ね合わせることが出来ない。

また、キリスト教的神に対して反感のある人は、
読み進めることが出来ないと思います。

さらに、時代的制約とも言える、
人種差別、性差別的な文章もかなりあります。

故に、「ロビンソン・クルーソー」は、
“読まれない古典”になっていっているような気がしました。

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ロバート・N・ペック「続・豚の死なない日」は素晴らしい!

家の周りの田に水が入れられ、
蛙の声が日に日に大きくなっています。

今日はこの本を紹介します。
正編の内容に触れます。
続編の内容にも少し触れます。
青字は引用です。

続・豚の死なない日 (白水Uブックス―海外小説の誘惑) Book 続・豚の死なない日 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

著者:ロバート・ニュートン・ペック
販売元:白水社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


正編は、
父が亡くなり、
13歳の主人公ペックと、母、伯母の3人が
借金のある農場に残されたところで
話が終わりました。

この続編は、
一家を支えるべく、
学校も休んで農場の仕事をする
少年ペックが描かれます。
そこに襲いかかる、
旱魃による凶作、そして世界恐慌。

旱魃による凶作で
ペックの一家と周辺の農家は疲弊していきます。
ある日、ペック家の3人は、
カラカラに乾いてしまったトウモロコシのために、水を汲みます。
バケツ一杯の水で一本のトウモロコシの芽にたっぷり(p92)」と。
何度も何度も、日が暮れるまで、
誰も音を上げることなく、
丘の下の小川から、
バケツの水を運び上げる3人…。

伯母さんは
くたびれた縫いぐるみの人形のようにぐったり(p96)」して、
お母さんは
くすんで、灰のようになって(p99)」しまうほど働いたその夜、
ペックは
生まれてから今まで今日ほど神様に感謝したことはなかった(p95)」と思う。
母と伯母が寝た後、
ひとりで夕食の皿を洗うペック。
美しく、力強いシーンでした。

この小説は、正編、続編共に、
ものごとがどうしようもならなくなった時、
人生を自分でコントロールできなくなった時、
そんな時にも感謝することができる人びとを
描いていると思います。

そして、
厳しさ、寂しさと同じくらい、
ユーモアに溢れた、
素晴らしい本でした(特に続編)。
原文は知りませんが、
日本語訳の文章は簡潔で味わい深く、
心地よかったです。

主人公がシェーカー教徒というのも、
絶妙だったと思います。
以前、題名は忘れたのですが、
シェーカーの思想、
そこから生まれる家具や家、
生き方についての本を読んだことがあったので、
なおさら興味深かったです。

これを出版し続けている白水社にも感謝します。
古本で買ってごめんなさい。
Amazon.co.jpは便利ですね…。

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ロバート・N・ペック「豚の死なない日」

今日はこの本を紹介します。
青字は引用です。

豚の死なない日 (白水Uブックス―海外小説の誘惑) Book 豚の死なない日 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

著者:ロバート・ニュートン・ペック,金原 瑞人,Robert Newton Peck
販売元:白水社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

アメリカ、ヴァーモント州、
シェーカー教徒の家庭に生まれた、
少年の成長を描いています。

少年の父の職業は、豚を殺し、捌くことです。
懸命に働く「寡黙で穏やか」な父。
少年は、シェーカー教の厳しさに戸惑い、
貧しさに反感を抱きつつも、
父に憧れ、成長していきます。


質実の民(p139)」シェーカー教徒である彼らは、
『フリル』を、つまり、なくてもすむもの(p28)」を持たない。
一方で、
やらなければならないこと(p159)」は、断固としてやる。
それがどんなに残酷に見えようとも…。

やらなければならないことはできず、
『フリル』が逆に主役になっているような生活を、
反省させられました。


ちなみにシェーカー教とは、あとがきによれば、
クエーカー教徒だったマザー・アン・リーによって開かれたキリスト教の一派。
「手は仕事に、心は神に」という言葉に象徴されるように、労働でもって神に仕えることを最高の喜びとした(p173)」とあります。

短い本ですが(171ページ)、強烈な印象でした。
続編も、ぜひ読みたいと思います。

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フランソワ・ボワイエ「禁じられた遊び」を読みました

禁じられた遊び
フランソワ・ボワイエ著
花輪莞爾訳
角川文庫

第二次世界大戦下、
ドイツ軍の空襲から逃れる人の群れのなかで、
お父さんの死体を見た、9歳の少女ポーレット。

街道から外れ、
偶然近くの農村で拾われたポーレットは、
村の少年ミッシェルと共に、
死んだ動物達の墓に建てようと、
村中の十字架を集める。

憂鬱な物語です。
ドイツ軍の機銃掃射。
逃げる人たちの血に染まった街道。
そんな時でもいがみ合う大人たち…。

うんざりする閉塞感。
この物語は、一体何を訴えたいのだろう?
虚しさばかり感じました。

そして、
坂口安吾の『白痴』を思い出しました。
手元にないのでうろ覚えですが…。
戦時下、空襲の炎の中で、
不幸、悲惨の極限で感じる、倒錯した幸福。
もうこれ以上失うものはない生活。
すべてが剥き出しになって、駆け引きをする必要がない。
純粋な人間が、そこにあり、それは必ず肯定される。
あるいは、同じく安吾の
『桜の森の満開の下』に描かれた静謐な凄惨を思い出します。
禁じられた遊びとは、
十字架を集めることではなく、
死んだ犬で遊ぶことを指しているのではないか?

『白痴』の女、
『桜の森の満開の下』の鬼、
そして『禁じられた遊び』のポーレットが重なりました。

うまく言えませんが、
存在の虚しさ、
現実の気味悪さ、
みたいなものが描かれている気がします。

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ジョージ・エリオット著「サイラス・マーナー」を読みました

サイラス・マーナー (岩波文庫) Book サイラス・マーナー (岩波文庫)

著者:ジョージ エリオット
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

懐かしい小説を読んだ、という気がしました。
ストーリーが、時々イライラするくらい、
ゆっくりと進んでいきます。
そしていつの間にか、
この小説世界の空気に取り込まれていきます。

本の表紙にも書いてあるあらすじはこうです。
十九世紀初頭のイギリス田園地帯、
一人の織工が友人に裏切られ、
孤独の中で金を貯めることに慰めを見出した。
その金が全て盗まれ、さらに絶望した彼の家に、
親を無くした幼子が迷い込んでくる…。

かなりベタなストーリーではあります。
時代を現代に置きかえて脚本を書けば、
よくあるテレビドラマになりそうです。
あるいは、「世界名作アニメ劇場」的なものにも
ちょうどいい感じです。
解説にこうあります。
「また健全な家庭小説として、エリオットの諸作品のうちこの一作は必ず、イギリスにおいても良家の子女に愛読されているのである」
好みの分かれる小説かもしれません。

当時のイギリスの田園風景や、
地主、旧家と農民の関係、
教会の雰囲気、など、
そういう風俗面が興味深かったです。

ジョージ・エリオットという筆名は男性名ですが、
実際の著者は女性です。
この作者が、
文学史上どういった位置付けにあるのか、
僕は全く知りませんが、
女性の強さを感じさせる部分がかなりあったと思います。

(ここから下は、内容に触れます)

例えば、
主人公サイラスを支える近所の女性の素朴さ。
サイラスの元に迷いこんできた女の子のやさしさ。
重要な登場人物、地主であるゴドフリー・カスの妻、ナンシーの(心の)強さ。
ナンシーの姉は、独身のまま家を継ごうとしていること。
などなど。

ストーリーのインパクトは、
現代の小説ほどではないかもしれませんが、
こういう小説を読むのも悪くないです。
僕のいるココとは全くの別の時代、場所で、
あまり変わらない人間の苦悩や喜びがあること、
人はどこでも変わらず悩み、笑っているのだなあ、
と、感じました。

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「女教皇ヨハンナ」を読みました

P1000717 今日は雪でした。
今年最後の雪景色かもしれない。









今日はこの本を紹介します。
女教皇ヨハンナ
ドナ・W・クロス著
阪田由美子訳
草思社
以下、「 」内は引用です。

バチカンは否定しているが、
9世紀、
男装の女教皇がいた、
という伝説を元にした
フィクションです。

著者は、断定はしませんが、
女教皇ヨハンナは実在した
と考えているようです。
それでも、
あくまでも小説として、
フィクションとして書かれているので、
気楽に読めます。
ストーリーは目まぐるしく展開し、
主人公ヨハンナと共に
手に汗握り、
一気に最後まで読み通せます。
映画を観ているような
気分になりました。

本筋はもちろんですが、
本書の背景、9世紀が興味深い。
著者あとがきによると
「ローマ帝国の滅亡とそれに伴う法と秩序の崩壊はかつてない野蛮で暴力的な時代をもたらした」
とあります。
僕はその時代についての知識は
全くありませんが、
いにしえのギリシャの
医術や土木技術が失われている
9世紀ヨーロッパって、
まさに“暗黒の時代”だったんだ、
と知りました。
特に、本書の主要モチーフとなっている
(キリスト教聖職者の)女性蔑視はひどい。
それだけに、
女教皇にまで
昇りつめたヨハンナの強さが
際立ちます。

ヨハンナは
「異教徒」である「ザクセン人」の母と、
キリスト教聖職者の父の間に生まれます。
ヨハンナはローマで出世してからも、
「いまだに母から寝物語に聞いた異教の神に憧れている。外見は男でありながら、心の内には誰にも言えない女を抱えている。信仰を追い求めながら、神を知りたいという気持ちと、神は存在しないかもしれないという気持ちのあいだで揺れている。心と理性。信仰と疑念。意思と願望。矛盾はいつか解消されるのだろうか。」
と思っています。
その揺れ動く様が、
この物語の大きな魅力です。
揺れ動きつつ、
強く生きるヨハンナがかっこいい。

本当にヨハンナが
女教皇として実在したら嬉しい、
と思わされます。

それにしても、
9世紀ヨーロッパと違い、
今は、
聖書が自国の言葉に翻訳され、
自由に誰でも読むことができる。
いらない人にまで配布されることもある。
有り難い時代だと思います。
宗教改革の後に生まれてきて良かった。
まあ、そうは言っても、
地球温暖化が深刻だったり、
核の時代だったりもするけど…。

最後に、
ストーリーとは関係ないですが、
気に入った言葉があったので引用します。
「すべてが神によるがごとく祈り、すべてが人によるがごとく働くのだ」
教皇レオの言葉でした。

映画化されたら、
ぜひ観てみたいです。
レンタルで…。





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ありがとうございましたcat

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「ハイジ」を読みました

曇り。
雪は溶け、
世界は枯草の、
明るい茶色に
覆われています。


P1000569
ハイジ
ヨハンナ・シュピリ著
角川文庫
結末にも触れますので、
ご承知ください。
以下、「 」内は引用です。

この本の一貫したテーマは
『神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。』(ローマ書8:28、新共同訳)
だと思います。
自分の願いがかなわないときも、
神を信頼し、
祈り続けましょう、
という内容です。

ハイジは両親を亡くした少女。
アルムおじさんは暗い過去がある様子。
クララは体が弱く、立てない。
クララの掛かりつけの医者は、娘を亡くした。
クララのお父さんは、妻を亡くした。
ペーターのおばあさんは目が見えない。

これらの人々全てが癒されます。
ハッピーエンドです。
全てのことが、
神さまを信頼し続けることによって、
最後には、様々な形で癒されるのです。

ハイジが、娘を亡くした医者に言う言葉。
「自分で自分にこう言い聞かせるの。神さまはわたしたちを悲しみから救い出してくださる、わたしたちはじっと我慢していなければいけない、って。そうすればきっとどうにかなるわ。そして神さまがいつもよい考えを持っていらしたってことが、わかるようになるわ。わたしたちは、先のことがわからないものだから、自分たちはいつも不幸なのだと思ってしまうのよ」
こういう思いでいれば、
全てのことは
ハッピーエンドになるはず。
結局、
愛する人の、
あるいは自分の死すら
最終的には益となるのだと
信じることができたら、
ハッピーエンド以外はあり得ません。

そんな風に信じること、
それこそが
奇跡なのだと思います。

間に合うだろうか、といつも思います。
愛する人や、自分が大病を患い、
余命を宣告されたときに、
それを受け止めるだけの
しっかりした信仰を、
僕が持っているか。
その時、そこまで、
たどり着いていればいいのですが…。



…話は変わります…。

初めて読んだ時は、
ハイジの心の美しさに感動しました。
今回は、
ペーターの現実的な姿に共感しています。
例えば、
山羊に言うことをきかせるために鞭で打とうとした時、
ハイジに「打っちゃだめ」と言われ、
「明日またチーズを分けてくれるんなら、放してやろう」
と言って、実際に弁当と鞭を「取引き」します。

また、クララが山に来て、
ハイジを独り占めしていることに嫉妬して、
車椅子を山から谷間の方へ落とし、
それが壊れたことに満足したあと、
今度はバレた時のことを考て
こわくてたまらなくなります。

最後に、クララの「おばあさま」に、
「何がほしいの」と問われて、
考えた末に
「10ペンス」といいます。

金かよ!と思いました…。
でも、それだけ
ペーターは貧乏なのですね。

「ハイジ」では、
善良な金持ちが、
貧しい人々に物を与えることに
ためらいがなく、
お金を与えることにも
ためらいがないことに違和感を感じました。
ハイジがきれいな心と信仰で
善良な金持ちを癒し、
そのお返しに金品を贈られ、
全員がハッピーになる、という構図です。
あとがきによると、
著者はかなり裕福だったようです。
だから素直に
金持ちの善意を描くことができたのでしょう。
悪意はないと思いますが。

感動しつつ読んで、
ふと、
自分はどちらかというとペーターだよなあ、
と気づきました。
ペーターみたいに素直に、
お金が欲しい、
と言えるほどの純真さは失ってしまいましたが…。





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「フランダースの犬」を読みました

今日は曇っていました。
地表の雪は少しずつ溶け、
世界はロシアパン化しています。

P1000528
フランダースの犬
ウィーダ著
村岡花子訳
新潮社



みなさんご存知の通り、
「フランダースの犬」です。
僕は、テレビ版はほとんど覚えていません。
テレビを見て泣いた記憶もありません。
テレビ版もかなり人気があるみたいですが、
原作も素晴らしいです。
いまさら僕が言うまでもないことでしょうけど、
本当に美しい、
信仰に満ちたお話です。

短いお話なので、
まだ読んでない方は
このブログを見る前に、
ぜひ読んでみてください。
そんなに時間もかからないし。

ここから下は、結末についても
触れますので、ご承知ください。




まず、ネロとおじいさんと
パトラシエ(本のまま、こう呼びます)
はかなりの貧乏です。
「一とかけのパンとキャベツの葉二三枚に幸福を味わい、それ以上、地上の幸福も天上の幸福も求めなかった」
という二人と一匹です。
貧乏でも幸せでした。
しかし、不幸が待っていました。
クリスマスの1週間前におじいさんが亡くなり、
葬式代を払うと、すでに一月滞納していた家賃が払えない。
家主に支払いを待ってくれと頼みに行くと、
逆に、翌日立ち退くように求められる。
絵のコンクールにも落選し、
ネロは飢えと寒さの中、
失意によろめきます…。
そして、ネロとパトラシエは死ぬのです。

これは悲劇です。
なぜ、貧しくて心の清いネロは
15歳で死ななくてはならないのか?
なぜ、死んだあとで絵の才能が認められるのか?
ハッピーエンドではないだけに、
強く心を揺さぶられ、考えさせられます。

結末は、その外側だけをみれば、
少年と犬が、寒さの中で餓死する、
という悲惨なものです。
しかし、人々の知らない、
ネロの心の中は少し違いました。
死ぬ間際、
ずっと見たかったルーベンスの絵が
月明かりに浮かび上がります。
「『とうとう、見たんだ!』彼は大声で叫んだ。『おお、神様、もう十分でございます!』」
ネロは「激しい歓喜の涙」を流します。

神の御心ははかりしれない。
信仰しだいで、
喜ぶことができるのだと
教えられました。
でも、そうは言っても、
自分が餓死しそうなとき、
僕は神様を
心から信頼することができるだろうか…。
不安です…。

なおこの本には
もう一篇、
「ニュールンベルグのストーブ」
が併録されています。

二篇とも、
原文も素晴らしいのでしょうが、
翻訳の日本語に、
少し懐かしいような、
なんともいえない温かい
雰囲気があります。
名訳です。




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