小説(国内)

中城ふみ子のこと

敬称略で失礼します。青字は引用です。

渡辺淳一の「冬の花火」を読みました。
32歳で亡くなった歌人、中城ふみ子の“伝記的小説”です。
“伝記的小説”なので、事実と異なる部分がある上に、どこが事実と異なる部分なのか、読者には分かりません…。
しかし、中城ふみ子の歌の背景を理解する助けにはなります。

中城ふみ子は1922年帯広生まれ、1942年20歳で結婚、29歳で離婚。
1952年30歳の時に左乳癌手術をしたが、31歳で癌が再発し、8月に死去しています。

小説によると、かなり自由な人だったようで、1951年正式に離婚する前から、死の直前まで、心の赴くままに幾人かと、しかも堂々と恋愛を繰り返していました。病床でも化粧を怠らず、たくさんの見舞客の中で、女王様的な振る舞いでした。
中城が存命中、全国的に有名だったのは、晩年の数ヶ月だけです。
1954年4月「短歌研究」誌の第一回50首詠(新人賞)入選、5月「短歌」誌に51首発表、7月第一歌集「乳房喪失」を出版した後、8月に死去しています。

短歌をいくつか紹介します。

第一歌集「乳房喪失」から

冬の皺よせゐる海よ今少し生きて己れの無残を見むか 

唇を捺されて乳房熱かりき癌は嘲ふがにひそかに成さる 

ゆっくりと膝を折りて倒れたる遊びの如き終末も見え

死後に出版された第二歌集「花の原型」より

放射の位置示す医師の指先がわが背すべれど愛撫には似ず 

この夜額に紋章のごとかがやきて瞬時に消えし口づけのあと 

樹々の葉が苦渋にみちて鳴る森を畏れをもちて夜は思はむ 


中城ふみ子と三浦綾子は同い年です。
三浦綾子は1946年24歳の時に肺結核を発病し、以来37歳ころまで闘病生活をしているようです。27歳の時自殺未遂をし、1952年30歳の時、受洗しました。当時話題になっていた中城のことを、三浦綾子は知っていたのでしょうか。
「冬の花火」によると、中城が晩年入院したとき、二人部屋の同室の人は、クリスチャンでした。同じように末期の癌であり、聖書を熱心に読んでいました。しかし、中城はクリスチャンにならなかった。クリスチャンの僕としては残念な気もしますが、信仰へと逃げない強さが、彼女の歌を魅力的にしているような気もします。
受洗までの三浦綾子と、晩年の中城は、とても似ているような気がします。死の恐怖に押しつぶされそうな若者として、投げやりな中で研ぎ澄まされていく感性が…。
中城のキリスト教に対する見方を、もう少し詳しく知りたいとも思いました。
最後に、「花の原型」から…。

ざはめきの中にキリストを見失ひわたくしの死は既にはじまる



新編・中城ふみ子歌集 (平凡社ライブラリー) Book 新編・中城ふみ子歌集 (平凡社ライブラリー)

著者:中城 ふみ子
販売元:平凡社
Amazon.co.jpで詳細を確認する



Book 冬の花火 (角川文庫)

著者:渡辺 淳一
販売元:角川書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

車谷長吉「盬壺の匙」

塩壷の匙 (新潮文庫) Book 塩壷の匙 (新潮文庫)

著者:車谷 長吉
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

今日はこの本(「しおつぼのさじ」)を紹介します。
敬称略で失礼します。青字は引用です。
また、パソコンで出ない字体は、出る字体で失礼します(「盬壺」の“盬”など)。

著者27歳から、47歳までの間の小説集。
贋世捨人」にある自筆年譜によると、この短編集の最後に収められている「盬壺の匙」が藝術選奨文部大臣新人賞、三島由紀夫賞を受賞しています。

27歳から47歳まで、執筆年齢に幅がありますが、それをあまり感じないことに驚きました。若いときから一貫して同じものを見てきた人なのだろうと思います。若くして老成していたというか。

この本を読んでいる途中、何度か、J.G.バラードを思い出した。人間関係を執拗に描写するのに、その中で主人公=著者=自分だけよそ者であるかのような孤独を感じるからだろうか。どぎつい原色の生命力と、それが褪せていくやるせなさを感じるからか。異様な物語の中に、他人ごとではない何かがあり、拒否感と共感の入り交じった読後です。

正直いうと、こういう小説について何を書いていいのかよく分かりません。語彙が少なくて、とても僕には太刀打ちできません。
というわけで、僕が一番好きな場所を引用して終わりにします。引用が長い上に、前後の繫がりがないので話が見えないかもしれませんが、勘弁してください。

 それから夕暮れまで私は机の前に座っていたが、取り留めもなく気持が無限に散らばって行き、それらを取り押さえようとすれば、頭の芯だけが深い穴の底へ辷り落ちて行くような心地がした。目の前に開いた本の、行と行の隙間が光っていた。笹原さんが怒りから一転して、ふと不安気な声を出した時に感じた世界に、私は座っているのだった。神経が苛立ち、座ってもいられないような気分だったが、私は奥歯を噛んで座っていた。日の短くなった十一月半ばの夕焼けが、縁側との界の硝子障子を紅く染めていた。併し軒の深い部屋の中は薄暗く、もう文字も判読できない本の頁だけが、ぼうと白く浮んでいた。軈て部屋の中は真ッ暗になった。私はそのまま座っていた。今が今のことに囚われて小手先の事を選ぶなら、ともかくそれでどうにか渡って行けなくはない世の中である。そんなことでいいと考えるのなら、東京でも凌げないことはなかったのだ。併し私の中の「愚か者」がそれを許さなかった。今ここでじたばた動いてはあかん、僅かばかり残ったもの、その凡てが崩れ落ちるまで待つんだ。私は更めて自分にこう言い聞かせ、闇の中で唇を撫でていた。(p231-232)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

車谷長吉「贋世捨人」

贋世捨人 (文春文庫) Book 贋世捨人 (文春文庫)

著者:車谷 長吉
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する


今日はこの本を紹介します。
敬称略で失礼します。青字は引用です。

朝日新聞の「悩みのるつぼ」という悩み相談の回答者として、最近名前を知りました。「くるまたにちょうきつ」と読みます。
その正直すぎて破滅的な回答に魅力を感じ、今回本を買ってみました。
「赤目四十八瀧心中未遂」で直木賞を受賞している他、いくつかの文学賞を受賞しています。

この「贋世捨人(にせよすてびと)」は私小説です。25歳の時、西行に影響されて「自分も世捨人として生きたい」と思ったが、「出世遁世を果たし得ず、贋世捨人として生きて来た(p7)」主人公≒著者が、作家として生きる決意をするまでの紆余曲折が描かれています。かなりの部分が、著者自身の人生と重なっているようですが、私小説とは、こんなにも赤裸々に自分のことを書くものなのかと、驚きました。他人の人生を覗き見しているような、軽い罪悪感すら抱かせられます。

著者はかなり屈折している、というか、屈折を隠さない人です。例えば、「僕は高等学校入学試験に落ちて、いまだにそれが悔しいから、全国の名門高等学校の名前を全部記憶しているんです。そういうところを出た人には、敵意と劣等感をいだいているんです。(p171)」など、思っていてもあまり言わないだろうな、ということも隠さない。登場人物の多くに、○○大学○○学部卒、とか、高卒、とか中卒、など、学歴が付してあるのも、屈折を感じさせる。
しかし読み進むうちに違和感を感じなくなり、そういう屈折が実は僕にもあることを自然に受け入れてしまいます。著者の極私的な出来事や思いが、いつの間にか読者自身のことと重なり合う、これが私小説というものなのか、と思いました。

自虐的性向を、生真面目に、正直に綴るが故のおかしみがあり、暗いだけではありません。著者独特の文体も心地よかったです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

湊かなえ著「告白」

今日はこの本を紹介します。
青字は引用です。

告白 Book 告白

著者:湊 かなえ
販売元:双葉社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ミステリーはあまり読まないのですが、
書評を読んで以来、この本が気になっていました。
で、図書館にあったので借りてみました。

終業式の日、先生が、
担任しているクラスの生徒の前で、
自分の娘を殺した生徒に対しての
復讐を告げる場面から、始まります。
そして、章ごとに異なる、
事件当事者達の独白によって、
読者は事件の背景を知っていきます。

…ミステリーなので、これ以上は書きません。
大雑把な感想だけ書きます。
これからこの本を読もうと思う方は、
ここから下は読まないで下さい。




面白かったですが、
僕にはミステリーは向いてない、と再確認しました。
話の中心が殺人事件なので、
読めば読むほど重い気持ちになっていきます。
読み終わっても、全貌が明らかになるだけで、
爽快感とは違います。

また、誰にも感情移入することが出来ませんでした。
登場人物が極端な人ばかりで、
非現実的だと感じました。
現実の犯罪は、
非現実的理由で起きるのでしょうが、
それにしても、
極端に歪んだ人達が、
一つの事件を取り囲んでいる、
という印象でした。

テレビドラマを見ている感覚でした。
観ている時は続きが気になって仕方がないけど、
終わると内容すら忘れてしまう。
まあ、僕にはミステリーは向いてないのでしょうね。

最後に、内容にはあまり関係ありませんが、
同感した文章を引用します。
いわゆる熱血先生が、
問題を起した生徒とばかり親密になっていくことについて、
道を踏み外して、その後更生した人よりも、もともと道を踏み外すようなことをしなかった人の方がえらいに決まっています。でも残念なことに、そういう人には日常ほとんどスポットが当てられません。学校でも同じです。そして、それが毎日まじめに生活している人に自己の存在価値への疑問を抱かせ、時として、マイナスの思考へと向かわせていく原因になっているのではないでしょうか。(p12)」

| | コメント (2) | トラックバック (0)

遠藤周作「深い河」を読みました

今日はこの本を紹介します。
敬称略で失礼します。赤字は引用です。
結末にも触れます。

深い河 (講談社文庫) Book 深い河 (講談社文庫)

著者:遠藤 周作
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

妻の死から立ち直れない人、戦争の辛く暗い記憶を持つ人、
人を愛せない人、鳥にのみ心を開くことの出来た人、
彼らがそれぞれの目的と共に、同じツアー客として、
インド、ガンジス川へ旅行し、“転生”を知る、という話です。

遠藤周作が70歳の時の作品です。
著者の他の本をあまり読んでいないのに敢えて言いますが、
彼のイエス像は、若い頃から一貫しているのではないでしょうか?

たぶんイザヤ書53節からだと思いますが、
この本には以下の部分が何度も引用されます。

彼は醜く、威厳もない。みじめで、みすぼらしい
人は彼を蔑み、見すてた
忌み嫌われる者のように、彼は手で顔を覆って人びとに侮られる
まことに彼は我々の病を負い
我々の悲しみを担った

これが遠藤周作のイエス像だと思います。
この本の主人公の一人、大津(ツアー客ではない)が、まさにこのイエス像そのものとして描かれています。
不器用で不細工で、弱々しく、自信がなく…、しかし、人の苦しみを背負う人物として、です。

その大津に、こういうセリフがあります。
「ぼくはヨーロッパのキリスト教を信じているんじゃありません、ぼくは…」
「日本人の心にあう基督教を考えたいんです」

“ヨーロッパのキリスト教に対する日本のキリスト教”という問題、
遠藤周作の作品によくでてくる、重要な問題だと思います。

大津の好きなガンジーの言葉…
「さまざまな宗教があるが、それらはみな同一の地点に集り通ずる様々な道である。同じ目的地に到達する限り、我々がそれぞれ異った道をたどろうとかまわないではないか」
また、大津自身が、神学校の口頭試問でこう言います…
「神は色々な顔を持っておられる。ヨーロッパの教会やチャペルだけでなく、ユダヤ教徒にも仏教の信徒のなかにもヒンズー教の信者にも神はおられると思います」
神学校の校長に、「それでは君はなぜ仏教徒に戻らない」のかと聞かれた時は、たまたま「基督教の家庭」だったからと答え、改宗も「ありうる」ことで「それぞれが自分に相応しい異性を結婚の相手に選ぶのと同じ」と言う。
…こういった考えゆえに、大津は神学校や修道院から追い出されます。

著者は、キリスト教に、ヒンズー教、仏教のテイストを混ぜて、
日本人にあう宗教にしたのでしょうか。
とはいえ、この本を読む限り、日本人がキリスト教を受け入れる必然性は感じられず、
仏教、神道で十分だと思えてきます。
「なぜ仏教徒に戻らない」のかと、僕も大津へ問いたい。
著者が、自分の考えを大津に重ねていたとすれば、
著者自身、クリスチャンになったのは偶然で、
仏教でもヒンズー教でも、偶然その家庭に育ったのなら、その道から神へと向かえばいい、と思っていたのかもしれません。
もしそうなら、著者にキリスト教を伝道しようという意図はないはずです。
そういう意味では、三浦綾子の著作と遠藤周作の著作はかなり違うし、
ゆえに読者層も異なるのではないかと思いました。

ただ僕は、正直なところ、そういう考え方に共感も覚えます。
キリスト教徒以外が神を知らないとは、断言できません。
キリスト教徒以外は救われないとは、思えません。

ちなみに大津は、神父になります。
その部分の描写はありませんが、神父になっています。
解説者も見逃すほど、小さく、さらっと書かれていますが、
ここに著者の、キリスト教、またカトリックに対する信頼が表れている気がしてなりません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

遠藤周作「おバカさん」を読みました

最近は雨が多くて、涼しくて、ほっとしています。

タイトルの通り、遠藤周作の「おバカさん」を読んだので、
ここに書こうと思ったのですが…何も思い浮かびません…。

文庫本のカバー見返しにあるとおり、
「<キリスト受難>の現代的再現」です。
フランスから来た人のいい、間抜けそうなガストンが、
殺し屋を信じようとする話です。

文体は軽妙で、笑える部分もかなりあります。
笑いと受難がひとつになった、不思議な小説です。

なぜか感想が浮かんでこないのは、
登場人物が分かりやすすぎるからなのかしら。
紋切り型の殺し屋、占い師、水商売、など…。

だからこれ以上書きません。
しかし、違う気分の時に読んだら、
心に沁みるお話かもしれません。


最近は、聖書を読む時間が長いです。
といっても、流し読みですが…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)